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名古屋高等裁判所 昭和29年(ネ)178号 判決

控訴人 被告 日陶産業株式会社 外一名

訴訟代理人 谷幹一 外一名

被控訴人 原告 大沢敬次郎

訴訟代理人 亀井正男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

被控訴人は各控訴人に対し夫々金十五万円又は之に相当する有価証券を供託するときは仮に執行することができる。

事実

控訴代理人等は原判決を取消す、被控訴人の請求を棄却するとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決並仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

証拠として被控訴代理人は甲第一号証を提出し原審証人稲垣清一の証言を援用し、甲第一号証裏面の第一裏書欄の被裏書人を記載すべき白地の部分に当初「取立委任につき株式会社東海銀行」と記載されたことは認めると述べ、控訴人日陶産業株式会社代理人は甲第一号証表面中宛名人たる同控訴会社名の記載部分の成立を否認し其の余の部分の成立を認める、同号証裏面の第一裏書欄中同控訴会社の印影、記名、取締役岩間弥三郎の記名、其の名下の印影の成立を認めるが同欄の被裏書人の記載部分並第二裏書欄の記載部分の成立を否認する、第一裏書欄の被裏書人を記載すべき白地の部分には当初「取立委任につき株式会社東海銀行」と記載されたのを後に何人かの手によつて「大沢敬次郎」と変造されたものであると述べ、控訴人三重琺瑯株式会社代理人は甲第一号証表面中拒絶証書作成の義務を免除するとの記載の下の印影、同控訴会社名、同控訴会社の印影取締役社長富田孝造なるゴム印、其の名下の取締役印の成立を認めるが其の余の部分の成立を否認すると述べた。

理由

甲第一号証表面中拒絶証書作成の義務を免除するとの記載の下の印影、振出人たる控訴会社三重琺瑯株式会社名(以下単に控訴会社三重と略称する)、同会社の印影、取締役社長富田孝造なるゴム印、其の名下の印影の成立は控訴会社三重の認めるところであり且同号証表面中宛名を除き其の余の部分は控訴会社日陶産業株式会社(以下単に控訴会社日陶と略称する)の認めるところであるから同号証表面は之を真正に成立したものと認め得べく、そして同号証表面によれば控訴会社三重は昭和二十七年十二月十二日控訴会社日陶に対し拒絶証書作成の義務を免除して金額五十五万円、振出地、支払地いづれも桑名市、支払期日昭和二十八年三月十日、支払場所株式会社三重銀行桑名支店なる約束手形一通を振出したことが認められる。次に甲第一号証裏面第一裏書欄の控訴会社日陶の印影、記名、取締役岩間弥三郎の記名、其の名下の印影は同控訴会社が其の成立を認めていることと真正に成立したものと認め得る甲第一号証の付箋原審証人稲垣清一の証言並弁論の全趣旨を綜合すれば甲第一号証本件約束手形の受取人たる控訴会社日陶は昭和二十八年三月二日拒絶証書作成の義務を免除して本件手形を被裏書人欄を白地にして被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人は右手形を取立委任の目的を以て何等の裏書を為さずして株式会社東海銀行に交付したこと、右銀行は被控訴人から印鑑を持参しなかつたからこのままで取立をしてくれとの委任を受けたのに拘らず右手形の控訴会社日陶の裏書が為されている第一裏書欄の被裏書人を記載すべき白地の部分に「取立委任につき株式会社東海銀行」と記入し以て第一裏書を恰も控訴会社日陶が右銀行に取立委任を為したるが如く事実に反するものとなし、昭和二十八年三月十日の本件手形の支払期日に右株式会社東海銀行は本件手形を支払場所たる株式会社三重銀行桑名支店に呈示して其の支払を求めたところ振出人の資金不足の理由を以て支払を拒絶されたこと、右株式会社東海銀行は不渡の旨を被控訴人に通知し本件手形を被控訴人に返還したのであるが第一裏書欄の前記事実に反する記載は被控訴人の意思に反するものであつたので被控訴人の求めにより同銀行は第一裏書欄の前記「取立委任につき株式会社東海銀行」なる記載を抹消し此の部分に被控訴人の氏名「大沢敬次郎」を記載し被控訴人は第二裏書欄に日附を昭和二十八年三月二日として株式会社東海銀行に取立委任する旨の裏書を為し以て裏書の記載が事実と合致するように訂正したことを夫々認め得る。

そこで控訴会社日陶は株式会社東海銀行が本件手形を呈示した当時控訴会社日陶は本件手形の所持人ではなかつたのに拘らず同銀行は同控訴会社から取立委任を受けたものとして本件手形を呈示したのであるから右呈示は支払期日当時の真実の所持人が所持人たる資格で正当に呈示したことにならず従つて呈示の効力を生ぜず被控訴人は遡及権を行使し得ないと主張するので此の点について考えて見るに支払の為めにする呈示とは手形を支払人に示して支払を請求する行為をいうのであつて本件において前記の如く控訴会社日陶の白地裏書によつて本件手形を取得した被控訴人が取立委任の目的を以て之を訴外株式会社東海銀行に交付し同銀行が支払場所なる訴外株式会社三重銀行桑名支店に本件手形を示して支払を求めた以上右は有効な呈示があつたものと認むべきであつて前記の如く株式会社東海銀行が右呈示を為すに当り控訴会社日陶の白地裏書を利用して同控訴会社から取立委任を受けた如く真実に反する記載を為していたからと言つて右呈示の効力に何等の影響があるものではない、蓋し取立を委任されて手形の交付を受けた者も手形の所持人であつて(手形法第十八条)其の権利の行使は委託者の名において為すのではなく自己の名において為すのであるから之を呈示するに当り委託者の表示が本件の如く事実と異つていたところで、所持人が呈示した効力に影響なきのみならず此の呈示の効力は委託者其の他凡ての手形上の権利者、義務者について生ずるからである、尤も手形債務者が裏書の連続を欠く手形の所持人から呈示を受けて支払つてもそれは手形債務の有効な辨済とならないから其の呈示も有効なものとは言えないが、裏書が記載自体から連続している手形の所持人から呈示を受けた以上たとえ真実の権利移転関係は裏書の記載とは異つていたところで手形債務者の支払は手形債務の有効な辨済となるから其の呈示も亦有効であると言わなければならぬ、本件において前記東海銀行が本件手形を呈示した当時前記の如く真実の権利移転関係とは異る記載、即ち受取人なる控訴会社日陶が同銀行に取立委任裏書を為したるが如き記載になつていたのであるが、右記載自体は裏書に連続を欠くところがないのであるから同銀行の呈示に対し若し手形債務者が支払えば、それは本件手形債務の有効な辨済になるのであつて、従つて同銀行の為した呈示は有効な辨済を得べき有効な呈示であると謂わなければならない、以上の如く本件手形は有効に支払期日に呈示されたものであるから被控訴人は裏書人なる控訴会社日陶に対し遡及権を行使し得べきものである、次に控訴会社日陶は甲第一号証裏面第一裏書欄の「取立委任につき株式会社東海銀行」なる記載の抹消及其の部分に記載されている「大沢敬次郎」なる被裏書人の氏名は何人かによつて被控訴人が被裏書人なるが如くに変造されたものであるから被控訴人は本件手形の正当なる所持人ではないと主張するけれども前記の如く被控訴人は控訴会社日陶から本件手形を白地裏書によつて譲渡を受けた所持人であつて被控訴人は手形法第十四条により自己の氏名を以て白地を補充し得るのであるから、前記の如く第一裏書欄の「取立委任につき株式会社東海銀行」なる記載は被控訴人の意思に反して同銀行が事実に反する記載を為したものであつた為めに、被控訴人の求めにより同銀行において右記載を抹消し此の部分に被控訴人の氏名を記載したのは正当であり又右の訂正により裏書の連続は整えられているのであるから被控訴人は有効に本件手形上の権利を行使し得るものと謂わなければならない、抑々控訴会社日陶は本件手形を白地裏書によりて被控訴人に譲渡して右裏書の署名をしたものであることは前に認定した如くであるから白地裏書譲渡の原文言に従つて其の責を負うべきであつて、自己の右裏書署名の後に自己の不知の間に偶々他人によりて「取立委任につき」なる文言が書加えられ取立委任裏書の文言に故なく変更されたからと云つて此の故なき文言変更を援用し之を盾となし、手形文言上本件手形は正当に呈示したことにならず又同控訴会社が改めて裏書を為さない限り何人も手形文言上正当な所持人となり得ないから被控訴人は本件手形の正当な所持人ということにはならないと論ずるのは手形法第六十九条の規定の趣旨から理由のない主張である。

されば被控訴人が本件手形の振出人たる控訴会社三重に対し手形金額五十五万円及之に対する支払期日の翌日なる昭和二十八年三月十一日以降手形法所定年六分の法定利息の支払を請求し又裏書人なる控訴会社日陶に対し右手形金額及之に対する本件訴状送達の翌日なること記録上明かなる昭和二十八年五月二十日以降手形法所定年六分の法定利息の支払を請求するのは何れも正当であつて之を認容した原判決は正当である。

仍て本件控訴を棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条、第百九十六条、第九十五条、第八十九条、第九十三条に従い主文の如く判決する。

(裁判長裁判官 中島奨 裁判官 石谷三郎 裁判官 県宏)

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